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「再生医療を“普通の医療”に」
覚悟と熱意で荒野を切り拓く。

再生医療研究所 所長 畠

再生医療は、
まだスタート地点に過ぎない

生きた細胞を培養し、今までにない治療法を提供する──。畠は再生医療をこう説明する。例えば細胞から皮膚を培養して火傷の治療に役立てたり、培養した軟骨を移植して膝の関節を治療したり。この「患者自身の細胞から組織や臓器を作る」という新しいアプローチの治療法は、ときに“夢の医療”と目されることも少なくない。
「しかし、現状はまだスタート地点に過ぎません。確かにES細胞やiPS細胞の誕生によって再生医療の新しい道が拓かれました。皮膚や軟骨のような比較的単純な構造
の組織だけではなく、将来的には腎臓や肝臓などより複雑な臓器の培養も期待されています。ただし、たとえこれが技術的に達成されたとしても、普及への道はまだ険しいと言わざるを得ません。なぜならそこには、その医療を患者さんに広く届けるための仕組みが必要だからです。例えば、誰の細胞でも、何回やっても同じように培養できる技術や、生きた細胞の物流、さらにはその低価格化など、解決すべき課題は山積みです」

口腔外科医を辞め、企業へ転職
異例のキャリアと認可への挑戦

企業が患者さんの細胞を培養して作った人工皮膚。医療に使う目的なのは間違いないが、はたしてこれは“医薬品”なのか?それとも“その人の一部”なのか?
「仮に患者さんの一部だと考えると、皮膚や軟骨の培養は製品を作る行為ではなく“医療行為”と考えるべきかもしれません。それを医師ではなく企業が担当するという状況は、もはや“医療のアウトソーシング”と見なした方がいいでしょう。ただ、これに該当するルールはどこにもありません。従来の企業が守るべきルールは薬を作るための法律のみ。なので患者さんの一部を製品として品質管理せざるを得ません。しかし、ヒトによって細胞の増え方が違う。そもそも検査に不合格でもそれを廃棄
していいのか。再生医療の普及にはこうした枠組みの整備が不可欠なわけですが、口で言うほど簡単なことではありませんでした」
畠は富士フイルムの再生医療研究所の所長として働く傍ら、現在も役員を務めるJ-TEC(現・富士フイルムグループ)で培養皮膚と培養軟骨の製品化に携わってきた。口腔外科医を辞め、大学病院時代から交流のあったJ-TECへ転職したという異例のキャリアを持つ畠だが、その根底にあったのは「再生医療を“普通の医療”にしたい」という強い使命感。日本で初めて再生医療品としての認可を取得したJ-TECでの挑戦は、これまでの道のりで最も大きな壁だった。

畠の挑戦に立ちはだかった
“前例主義”という最大の壁

「人の命を守ることに関わる医療制度は極めて堅牢で、新しいこと・イレギュラーなことに対しては当然ハードルが高い。これをクリアするためには安全性・有効性に関する客観的なデータと使用経験の蓄積が必要ですが、そこには『経験がないから認められない、認められないから経験を積めない』というジレンマがありました」
新しいことへの挑戦に立ちはだかる“前例主義”は、どんな組織にも存在するものだろう。ノンリスクが前提となる医療制度にあっては、その壁は想像するに険しい。畠はそれをどう乗り越えたのか。
「とにかく地道に試験データを積み上げ、膨大な書類を作っては関係省庁へ通いました。思い起こせば、私がにJ-TECで最初にやった仕事も、提出するぶ厚い申請書類
ヒモを通すことでした(笑)。毎晩遅くまでチームと議論を繰り返し、どうやって患者さんの細胞と一般の医薬品・医療機器とのギャップを埋めるか理屈をつけました。作成した書類は積み上げるとビル20階分にも及びました。事業は赤字続きでゴールの見えない戦いでしたが、チームで一緒に汗をかき、ときにはつらい思いもしながら粘り強く交渉し続けた結果、足かけ8年、多くの心強い協力者の尽力などもあってようやく再生医療等製品(当時は医療機器)として認可を得ることができました。ここまでやってこられたのも、『誰かがやらなくては』という強い使命感があったから。あとは最後まで諦めずに信じてついてきてくれた部下の存在が大きかったですね」

企業によるイノベーションで、
再生医療を“普通の医療”に

次の段階として、畠は再生医療の“産業化”にトライしている。
「現在の再生医療は、言わば音楽家が蓄音機を作ってるような状況です。音楽はその後、カセット、CD、iPodと、絶え間ない技術革新によって品質の良い製品をより安く世の中へ提供し、普及の道を切り拓きました。再生医療を手軽なものにするためにも、企業によるイノベーションが必要です」
もっとも、「人の命に関わることなので、一度でも失敗すれば道はさらに険しくなる」という不安が常につきまとうという。「海洋冒険家の堀江謙一さんは『航海で一番の敵は自分自身の想像力』と語っていましたが、私も同じ
気持ちです。最悪の事態を想像して頭の中で不安が増幅すると、足がすくんで前に進めなくなってしまう。その不安を縛りつけるために必要なのが覚悟です。新しいことに挑戦するのは、正直怖い。ただ、信じてついてきてくれるチームメンバーのためにも、まずは『やせ我慢をしてでも』自分が勇気を持って踏み出す覚悟を決め、率先して突き進んでいかなければいけないと、常々思っています。今の取り組みが結実し、いつか再生医療を“普通の医療”にすることができたら、その先は若い世代に託して次の挑戦を始めたいですね。夢は、小説家かプロゴルファーになることなので(笑)」

※ 部署名・インタビュー内容等は、
2016年3月時点の取材内容に基づきます。

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